Grimoire ショップスタッフ&バイヤー

三好香織

ONE&ONLY

およそ日本人離れしたブロンドヘアに、透き通るような白い肌。
三好と話していると、ここが日本であることを束の間忘れさせてくれる。
「ファッションで参考にしているものは1950年代から1960年代のファッションが好きで、その時代のヘアスタイルや写真等を参考にしています。 そこに、自分の好きな要素をプラスしてコーディネートするようにしています。」

ファッション誌「ZIPPER」をはじめ、数々のファッション誌に登場する三好香織。そのヴェールに包まれた内面に迫った、渾身のロングインタビュー。

話は、三好の10代に遡る。
「長野の公立の小・中・高に通ってました。長野が地元なんです。中学時代に軟式テニスを初めて、高校までやってました。
わたし、中高とテニス部の部長だったんですよ。元気で明るい感じでしたね。みんなでワイワイやりながら。」

昔から、明るい性格だったようだ。
「弟は銀行員なんですが、私と性格が真逆ですね。すごく内向的で、人と話すのが苦手(笑)。去年まで一緒に住んでたんですが、今年から社会人になりました。」

さぞかし華やかな十代を過ごしてきたのかと思いきや、体育会系・・・。
しかも、テニスの腕前は相当のようだ。
「一度だけ、県の大会で優勝したことがあります。だいたい、県大会だとベスト8には入ってました。」

それほどの腕を持っていながら、テニスをずっと続けようと思わなかった理由が三好にはあった。
「中学一年生でテニスを始めて、当時は死ぬほど練習してました。朝から晩まで。それほど努力しても、どうしても勝てない相手がいたんですよ。
これだけ命懸けで頑張っても、上には上がいると知って。これ以上頑張っても、一番にはなれないと何となく気付いたんです。」

まさに、物事に死ぬ気で取り組んだことがある者だけが知りうる境地。
「それで、高校では何か違うことをしようと思ってたのですが、中学の時にテニスでペアを組んでた子が同じ高校だったので、誘われるままテニス部に入りました。
高校時代は、中学の時と違って楽しみながらテニスをしていた感じですね。」

今では原宿のファッションリーダーと言っても過言ではない三好だが、ファッションに興味を持ち始めたのは意外と遅かったらしい。
「中学時代は部活が忙しくてファッションにあまり興味がなかったのですが、高校が制服ではなく私服だったんですよ。
私が通ってた高校の場所は長野県松本市という所なんですが、当時松本では古着が流行っていて。その時に古着というか、ファッションに目覚めた感じです。
本当は古着屋さんでアルバイトとかもしてみたかったのですが、当時の長野には高校生がアルバイトできる古着屋さんがなくて。しょうがないので、焼肉屋さんでバイトしてました。」

三好香織と焼肉。全く結びつかないところが面白い。
長野にいた頃は、将来的にどのように考えていたのか聞いてみた。
「すごいぼんやりしてましたね。なんとなく大学に進学しようみたいな(笑)。ただ、古着屋さんで働きたいという夢はぼんやりありました。」

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高校までを長野で過ごした三好は、満を持して東京に出てくることになる。
東京の大学に進学が決まったのだ。進路の悩みはなかったのだろうか。
「高3の時は本当に何も分からなかったので、服飾系の学校に行かなくてもアパレル系に進むことはできるけど、服飾系の学校から一般企業は難しいのかなと思って。
それで大学に進学することに決めました。原宿に憧れてたので、東京の大学以外は考えてなかったですね。」

ついに憧れの東京で学生生活を始めた三好。
「高校を卒業して、東京にある4年生の大学の経済学部に入りました。大学時代は普通に単位を取ってました。」

人並みに、サークル活動などもしていたらしい。
「大学の文化祭でファッションショーをやるサークルがあり、そこには所属していましたね。
実際は、文化祭の3ヶ月前からしか活動しないサークルでしたが。それは4年間やっていました。」

そして、転機は大学1年生の時に訪れた。
「大学1年生の時に、原宿にある古着屋さんでバイトを始めたんです。」

ついに念願の古着屋で働き始め、そこから人生が急転する。
古着屋の場所が原宿だったということもあり、原宿にいることが多くなった三好は、読者モデルとして雑誌のスナップページに登場し始める。
「バイトしていた古着屋が原宿にあったので、たまたま原宿を歩いている時に雑誌「ZIPPER」の編集部の方に声をかけてもらえて。
そこからちょくちょくと、スナップで出させてもらうようになりましたね。」

まずはスナップで登場していた三好だが、徐々に紙面を飾る機会が増えてくることになる。
「そうですね、最初はスナップだけだったんですが、ある日「ZIPPER」編集部の方から電話がかかってきて、編集部に来てくれと言われて。
何かよく分からないまま編集部に行ったところ、洋服がたくさん置いてあって、この中から好きなのを選んでコーディネイトをして欲しいと頼まれたんです。
そして、来月の紙面に出てもらうからみたいなことを言われて。そこから、読者モデルの仕事が増えていきましたね。」

ちなみに、今でこそブロンドヘアのイメージが強い三好だが、髪を黒く染め、リクルートスーツに身を包んで就職活動をした時期もあったという。
「大学卒業したあとに、新卒でアパレル企業に入社したんですよ。ただ、本当にこれが自分のやりたいことなのか、自問自答する日々が毎日続きました。
本当は、古着屋のバイヤーをやりたかったんです。」

そんな彼女に、また転機が訪れる。
「新卒でアパレル企業に入社して、ちょうど1年経つ2ヶ月前くらいですね。今の「Grimoire」の社長とディレクターに、ご飯に行かないかと誘われたんです。
その時に、「Grimoire」が2店舗目を出すのでスタッフとして働かないかと誘ってもらって。
私も、もともと「Grimoire」が好きだったし、ここで働いたら自分の夢も叶うと思ったので入りました。」

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毎日多忙な日々を過ごす三好だが、休みはあるのだろうか。
「休みは、週に1~2回あります。あまり家にいるのが好きではないの、休みの日には外に出ます。
暇な日は、色んなお店を回って、買い物しながらお店に活かせるアイディアを探すのが好きです。」

ここで、「ポロちゃん」というニックネームの由来を聞いたところ、意外なエピソードを教えてくれた。
「ポロちゃんというのは、大学時代なんですけど、君はポロポロと泣きそうな顔をしているからポロと名付けるねと親友に言われて、それでポロちゃんと言われるようになりました(笑)。
「ZIPPER」でも、最初はポロちゃんとフルネームのあとに書いてあったのですが、徐々にライターさんに「三好っ子」と言われるようになり、そっちのほうが浸透しましたね。」

現在25歳のポロちゃん。結婚観も気になる。
「結婚はしたいけど、今の仕事も好きなので折り合いを見てという感じですね。専業主婦とかはあんまり考えてないです。」

念のため、好きな男性のタイプを聞くと・・・。
「男性のタイプは、特にないんですけど一緒にいて落ち着ける人。
職業柄、休みも不定期ですし、海外に長期で行く事もあるので、この仕事を理解してくれる方がいいです。」

男性諸君、そういうことのようです。

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まさに、ブームの真っ只中を走り抜けて、次のステージに進んだ三好だからこそのリアルな意見。
そんな三好のターニングポイントは、「ZIPPER」の読者モデル。そこで人生が変わった。
「そうですね、「ZIPPER」の読者モデルになってなかったらここでも働いてないと思うし、そこまでアパレルにこだわらなかったかもしれないです。」

読者モデルとう経験をステップに現在の地位を築いた三好だけに、読者モデルになりたいという若い子を応援したい気持ちはもちろんある。
「もし、この記事を読んでくださっている方の中に、読者モデルになりたいという方がいらっしゃったら、まず原宿にお洒落して出掛けてみてください。
原宿には、信じられない程のたくさんのチャンスが転がっています。」

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この取材中も、日本全国から「Grimoire」にお客さんが訪れて来ており、「Grimoire」がいかに人気があるのかを筆者は肌で感じた。
そんなお客さんひとりひとりに、三好が丁寧に接していたのが印象的だった。なかには、三好に会えて感動していた様子のファンの子もいた。
「Grimoire」のスタッフになるには、どのような資質を持ち合わせている必要があるのか聞いてみた。
「もし、こういうお店で働きたいのなら、ただみんなと同じように履歴書を送るだけでなく、そのお店のことをどのくらい思っているのか、アピールすることが大切かなと思います。
店員さんに顔を覚えてもらったり。。
うちのお店のスタッフも、みんな「Grimoire」が好きで通ってくれてた子ばかりですし、大切なのは熱意を相手にしっかりと伝えることだと思います。」

やはり、必要なのは「情熱」のようだ。
三好のファンならずとも、そんな彼女の今後の展開が気になるところ。
「現在は、読者モデルのお仕事はやっていません。
今年、アメリカへバイヤーのお仕事で3回連れて行ってもらえて。
それは長年の夢でした。
Grimoireに入ってもうすぐ3年目なんですが、ずっとそれを目標にやってきました。
店頭スタッフとして働きながら、次のステップのバイヤーのお仕事を今は勉強させて頂いています。まだまだひよっこですが
次のステップに、みんなのおかげで進めさせてもらえたところなので、がっかりさせるわけにはいかないです。お店があるから今の自分がいるわけで、お店にちゃんと貢献したいですね。
自分の店が欲しいとかはありませんし、ひとりでやっていきたいとかは考えていません。
Grimoireが大好きなので、今は、日頃お世話になっている、社長やディレクター、他のスタッフの役に立てるよう自分自身精進しなければならない時期だと思っております。」

アメリカへバイヤーのお仕事で3回行ってきたという彼女。
長年の夢を叶えたと同時に、自信も深めた。
「お店に毎日立っていたこともあり、Grimoireのお客様がどんなアイテムを求めているかは日頃から感じている事だったので、その感覚を頼りにセレクトしています。
バイヤーは限られた時間の中で何着買い付けられるかも勝負なので、お店での経験がなかったら、悩んでしまってなかなかセレクトが出来なかったと思います。
経験を積んだら、そこに自分なりの色をプラスしていけたらと思っています。
それと、アメリカには私のような髪の毛やネイルをしてる子があまりいないようで、街でよく話しかけられました。あなたのヘアスタイルはどこでやってるの?と。」

まさに、努力が結実した瞬間だった。
最後に、おしゃプロの読者にメッセージをもらった。
「今、私が好きな事が出来ているのは、自分のやりたい事を信じてあきらめず進んで来たことと、周りのみんなに恵まれた環境だったからだと思います。
もちろん周りに流されそうになった時もありましたが、人生は一度きりですし、自由にやりたいことにチャレンジ出来る時間ってそう長くないと思うんです。
挑戦し続けた人にだけ見える世界があると思うし、やりたいことがあるという方は、周りに流されるのではなく自分を信じて夢に向かって突き進んで見てくださいね。」

そう、ONE&ONLYでいいのだ。人に合わせる必要なんか何もない。
「自分の限界を決めないで、とりあえずやった方がいいですよ!!」